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Anthrozoös誌論文の報道と論文の詳細

 4月初めにAnthrozoös誌の編集長から、「今回掲載の論文について大学に報道機関向けの紹介(プレスリリース)を出させるように」とのメールがありました。ネット版が発行され、冊子版の発行も近くなったので、大学の広報室から5月11日(月)にマスコミに知らせてもらったところ、その日のうちに読売新聞と朝日新聞から取材申し込みがあり、当日夜にそれぞれ1時間半~2時間ほど取材を受けました。読売新聞は翌12日(火)の夕刊に全国版記事として紹介され、Yomiuri Onlineなどネットでも報道されました。朝日新聞は13日(水)朝刊に掲載されます(ただし阪神版のみ)。
 12日(火)は、在阪テレビ局のよみうりテレビから電話取材がありました。13日(水)の夕方に放映されるとのことです。13日(水)昼には、毎日新聞と産経新聞の取材、そして15日(金)には神戸新聞からの取材があります。
 新聞などでの報道は必然的に正確さを欠くので、ここで少し詳細に今回の論文の内容について紹介しておきます。今回の論文は2つの実験から構成されています(そのそれぞれが2つのパートから成り立っているので、4つの実験とみなすこともできます)。研究計画は私が立て、論文も私が書きましたが、写真撮影や実験実施については学部学生や大学院生など私のゼミの多くの人々に手伝ってもらっています。特に、第1実験は山本真理子さん、第2実験は吉本夏美さんが大きく貢献しており、彼女らは各実験を卒論としてまとめています。
 すべての実験で用いられたのは、2006年5月14日の日中に屋外で開催された愛犬団体の集いに参加した飼い主と犬の顔写真です。被写体の選択にバイアスが入らないように、写真撮影の依頼は撮影隊が出会った飼い主50名全てに行い、全員から快諾を得ました(研究目的を知ると飼い主の表情に影響が出るかもしれないので、飼い主には研究目的を撮影後に告げました)。50頭の写真のうち、雑種や両目が映っていないものを除くと、残ったのは40頭でした。この40頭の写真とその飼い主の写真を使って、2つの実験を実施しました。なお、いずれの実験でも、写真の配置などが結果を歪めることがないよう配慮しています。
 第1実験では、ランダムに並べられた犬の写真5枚を、飼い主の写真5枚と正しく組み合わせるという課題を、70名の評定者(写真の犬や飼い主を知らない学生)に8回行ってもらいました(5×8=40で全ての写真が使われたことになります)。その結果、統計的に有意に高い正答率が得られました。次に「最も正解の多かった犬と飼い主のペア」と「最も間違いが多かった犬と飼い主のペア」について、どちらが犬と飼い主の類似性が高いかという評価を16名の新たな判定者にしてもらいました。その結果、前者のほうが似ていると答えた判定者は12名であり、第1実験でみられた高い正答率は、類似性をもとになされた可能性が高まりました。
 第2実験では、正しく組み合わされた犬と飼い主のペア20組(正セット)とペアを入れ替えた20組(誤セット)のうち、どちらが正しい組み合わせかを事情を知らない186名の判定者に判断してもらったところ、115名(62%)が正セットを選びました。また、別の判定者187名には、犬と飼い主の類似度が高いのは、正セットと誤セットのどちらかを判断してもらったところ、124名(66%)が正セットを選択しました。いずれも偶然水準である50%よりも有意に高い値です。
 判定者の性別や犬の飼育経験、犬好きかどうかは結果に影響しませんでした。また、第1実験については、ペアごとに正答率を分析可能ですので、犬の性別・年齢・犬種カテゴリ、飼い主の性別・年齢、飼育年数などの影響について検討しましたが、すべて違いは見られませんでした。長い髪の女性飼い主は垂耳の犬を、短い髪の女性飼い主は立耳の犬を飼っている傾向が見られましたが、それ以外の特徴は明らかではありませんでした。
 以上の結果から、犬と飼い主は似ていることが日本でも確認されたといえます。同様の研究は米国やベネズエラでも行われていますが(註1)、本研究は以下の点でユニークです。(1)米国やベネズエラに比べて日本では飼い主の顔の違いが小さく、また犬の飼い方や飼い始めるきっかけなども異なっていると思われるにも関わらず、結果が有意であったこと、(2)先行研究で用いられたものよりもはっきりした指標で結果が得られたこと。
 どうして犬と飼い主が似ているのかについてはまだまだ研究が必要ですが、第1実験で飼育年数が結果に影響しなかったことから、飼い主は似た犬を選んで飼育しているのであって、飼っているうちに似てくるのではないと思われます。また、似た犬を選ぶ理由としては、人は見慣れたものに好感を抱くため、普段よく見ている自分の顔とよく似た犬を飼い犬として選択しているのではないかという可能性に触れています。

註1:今年4月にイギリスのバース・スパ大学のワークマン博士も同様の結果を英国心理学会で発表しています。ただし、まだ論文としてまとめられていませんし、その研究は犬と飼い主の性格の類似性を検討するのが本来の趣旨である(ただし、この関係は現在のところ不明瞭)とのメールをワークマン博士自身からいただいていますので、ここでは、学術誌に掲載されたアメリカとベネズエラの研究のみを考慮します。

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